人事戦略
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「日清食品ホールディングスCHRO人事部長の七転八倒 ~経理部長が人事部長をやってみたら~」を開催しました。

出演者

楠田 祐 氏

HRエグゼクティブコンソーシアム代表

楠田 祐 氏

NECなど東証一部エレクトロニクス関連企業3社の社員を経験した後に1998年よりベンチャー企業社長を10年経験。会長を経験後2010年より中央大学ビジネススクール客員教授(MBA)を7年間経験。2009年より年間500社の人事部門を6年連続訪問。2015年は日テレのNEWSZEROのコメンテーターを担当。2016年より人事向けラジオ番組「楠田祐の人事放送局」のパーソナリティを毎週担当。2017年より現職。専門は人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で非常勤役員や顧問なども担う。シンガーソングライターとしても本業として活躍。

 正木 茂 氏

日清食品ホールディングス株式会社
CHRO・人事部長

正木 茂 氏

1993年、新卒で日清食品に入社。経理課にて「簿記入門」からキャリアを始める。社費留学で米国ゴールデンゲート大学にて会計学修士取得。財務部、人事部を経て再び米国へ。米国日清にてCFOとして勤務。帰国後、基幹業務システム刷新プロジェクトリーダーとして、40年来のメインフレーム時代からSAPへの移行になんとか成功。2018年に財務経理部長に就任したが、翌年人事部長へ異動。2021年3月CHRO就任。

成瀬 仁美

株式会社ワークス・ジャパン
司会

成瀬 仁美

人事はインフラだが、変革者の役割も担う

成瀬 成瀬
皆さんこんにちは。これよりワークスレビューを開催します。本日司会を務めるワークス・ジャパンの成瀬です。よろしくお願いします。本日のテーマは『日清食品ホールディングスCHRO人事部長の七転八倒~経理部長が人事部長をやってみたら』です。近年、企業を取り巻く経営環境が急激に変化する中、人事の課題は年々複雑化、高度化しています。その中で、これからの人事担当者に求められる知識や動き方はどのようなものでしょうか。今回のゲストは日清食品ホールディングスCHRO・人事部長の正木茂様です。また、本日のファシリテーターは、HRエグゼクティブコンソーシアム代表楠田祐先生です。楠田先生は大手企業勤務、ベンチャー企業経営、大学客員教授などをご経験で、2009年から年間500社の人事部門を6年連続訪問されるなど、人事領域に大変造詣の深い方です。楠田先生、お願いします。
楠田 楠田
HRエグゼクティブコンソーシアムの楠田です。今日はとてもユニークなテーマですね。経理の知見をお持ちの正木さんが、人事の仕事をどう見ているのか興味深いところです。
正木 正木
日清食品ホールディングスの正木茂です。よろしくお願いします。新卒で日清食品に入り経理に配属されました。留学を経験後、人事で給与を担当しました。その後、米国日清で5年CFOを務め、帰国後、システム経験がないのにシステム刷新プロジェクトマネージャーを務めました。1年だけ財務経理部長を務め、13年ぶりに人事部長として人事に戻ってきました。すると、人事が扱う問題・課題があまりに多いことに驚きました。働き方改革、職種地域限定社員、マネジメントスキル、人事ビジネスパートナー、ワークライフバランス、健康経営、メンタルヘルス、HRDXなどなど。私は3年間給与を担当しましたが、社会保険、年金ぐらいしか扱っていませんでした。これどうするのかと途方に暮れたのです。
 人事の扱う問題・課題を私流に少し整理しました。1階2階、州と連邦といった言葉を使います。今日の仕事を1階、明日の仕事を2階と例えます。それから人事としての必要な機能を州、会社全体を連邦とします。私が13年前もやっていた州の1階部分にある給与、評価、採用などは、必ず必要な今日の仕事です。人事として担わなければならない明日の仕事もあります。州の2階部分にある地域限定社員、マネジメントスキルの向上などです。一方、連邦の1階部分の今日の仕事は、会社全体に関わる働き方改革、コロナ対応などがあります。さらに明日の仕事として連邦の2階部分にはジョブ型への移行、パーパスやエンゲージメントの向上などの課題があります。大小さまざまなテーマが山積しているのです。人事の仕事はインフラと同じで、あって当たり前のものでなかなか感謝されませんが、会社を支えながら、変革者の役割も担っています。
正木 正木
日本が太平洋戦争に負けた理由を分析した本を読むと、兵站が伸びきって、前線に弾薬や食糧が届いていなかったことを指摘していました。じつは人事も似た状況にあるのではないか。私たちが働いている人事も1階・2階・州・連邦をやって、どんどん前線が広がっていて、でも私たちが持っているリソースはそれほど潤沢にはありません。前線に張り付いている人事のメンバーは非常に疲弊している状態です。太平洋戦争に負けたのは、戦略つまり思想や理念といった土台をあまり考えず、戦術のみにひたすら走り、綻びに継ぎはぎを当てるだけの対処療法に終始したからではないか。現実を冷静に見ないで、願望や期待を事実に置き換えてしまった。これも人事の状況と似ていて、人事施策屋さんになっていることが多いのではないか。起こる影響やお客様が満足しているかとかは考えず、施策を打ったから私たちは仕事をやったのだと満足してしまう。それでは会社がよくなりません。

判断基準には、「長期的」という時間軸が入る

正木 正木
日清食品グループでは、ミッション・ビジョン・バリューを定めていますが、ミッションには創業者・安藤百福の創業者精神を置いています。その第一は「食足世平」。創業者が戦後の焼け野原、闇市で一杯のラーメンを求めて長い列をなす人たちを見て、お腹を満たすことは、世の中の平和のためにすごく大事なことだと考えました。私はこの言葉が好きで入社しました。飽食の時代とも言われますが、環境や健康・栄養という新しいキーワードで考えると、私たちには課題があります。ビジョンは私たちがありたい状態です。ビジョンには時間軸が入ります。何年何月にこういう状態でありたい、ということ。バリューは価値判断基準です。私たちはハッピー、グローバル、クリエイティブ、ユニークを判断基準に挙げています。
正木 正木
ただ、ミッション・ビジョン・バリューというカタカナは、自分の中でなんとなく消化しにくかったので、少し考え直してみました。縦軸にありたい姿の達成度、横軸に時間を置きました。45度にパッと伸びていく太い線がミッションです。私たちが日清食品に集ってやりたいことは、いつなんどきでも創業者精神、「食足世平」「食創為世」「美健賢食」「食為聖職」という言葉に繋がります。これが50年先でも100年先でも変わらず続いていくと考えています。ビジョンは目に見える状態のことです。3年後のビジョンもあるし10年後のビジョンもある。毎日いろんな施策を行っていく上で判断基準を求められます。ビジネスだから売れるものを出したい。でも、ただ売れればいいというものではなく、それは必ずユニークなもの、日清らしいものを作らなければなりません。そうでないとお客様が日清に期待することがなくなり、3年後にはつまらない会社になってしまう。だから、判断基準には「長期的」という時間軸が入ってきます。

人事の役割は、持続的な企業価値の向上に貢献すること

正木 正木
さて、ここで1つクイズです。1万円札の成る木があって、今15枚成っています。楠田先生、この木をいくらで買いますか。
楠田 楠田
150万円。
正木 正木
結構な金額ですね。15万円しか今見た目の価値はありませんが、よろしいですか。
楠田 楠田
木は水を注げば成長するから、増えますよね。
正木 正木
150万円、結構落札近いかもしれません。木ですからいったん葉を摘んでも、来年20枚30枚葉っぱつけるかもしれません。どれだけ葉っぱが再生産され続けるか、ということがこの木の価値です。ただし、目の前の木が何年生き続けるかはわからない、実はこれがみそです。
企業価値を計算する時に私たちが使うディスカウントキャッシュフローという計算があります。私はこれを見た時、インチキだと思いました。まず5年間の経営計画を書きます。売上とコストを予想し5年間の計画を書くのです。5年間で、お金はこれぐらい増えていくだろうと。1%の成長率が未来永劫続くとして仮説を立てますが、未来永劫葉っぱが成り続ける計算のもとに、木の価値が取引されるわけです。3年で枯れるかもしれません。会社が未来永劫続くという前提が、インチキだと思いました。でも、M&Aで1,000億、3,000億という取引は、こういう計算で行われているのです。
正木 正木
縦が金額、横が時間という図にもしてみました。会社の価値はどれだけ儲かりますかという縦軸金額ですが、横軸はどれだけ儲かり続けますかです。10年より30年、30年より100年葉っぱが成り続けた方が会社の価値は高い。今現在成っている葉っぱと、葉っぱが成り続ける年数をそれぞれ大きくしていくことが会社の目的です。こういうふうにシンプルにしていくと、社員として雇われている私たちは何をすればいいか、ということが考えやすくなります。
上向きに貢献したり、右向きに貢献したりすると、会社の価値に貢献するプロだということになります。上は売り上げを上げる、コストを抑えると伸びます。でも右は結構難しい。木が3年持つより10年持つってなんだろう、10年持つより30年持つって何でしょうか。
正木 正木
そもそも会社は企業価値を増加させるためのものです。ミッション・ビジョン・バリューを持って企業理念を実現するためにやっていくものです。一橋大学の伊藤先生は2014年に「伊藤レポート」と呼ばれるものを出しました。良い会社であるためにはどうすべきかが書いてあるレポートです。グローバル基準で良い会社でないと駄目と書いてあり、そこにROE8%という数字が示されました。ROEを分解すると、株主資本分の当期純利益です。元手が一定ならたくさん儲かったほうがいい、同じ利益なら元手が小さいほうがいい、という考え方です。日本企業はROE4~6%が多かったので、みんな8%を目指すことになりました。しかし、来年良い会社かということは何も語らない。そこが実は経理の限界です。私は有価証券報告書を作る責任者でしたが、自分が株式投資家だとしたら、これを読んでも何も役に立たないと思いました。
会社のミッション・ビジョン・バリューにのっとって企業価値を大きくし続けることに対して貢献するのが人事戦略です。人事の施策はどういうふうに刺さっていくのか。私はこういうふうに考えました。一層儲かることが縦軸を伸ばすこと、一層儲かり続けることが横軸を伸ばすこと、この2方向があるとするなら、人事はまさに横軸を伸ばすことにとても多くの貢献していると思いました。これは有価証券報告書には載っていません。
正木 正木
人事担当者は頑張っていますが、KPIを金額で表すことはできません。ステークホルダーの方々が、日清はすぐ倒産する会社ではなく100年持つよね、と思って付き合ってくれることが人事の出せる価値なのです。環境が変わり続ける中で、私たちがビジネスとして存在しうるとするならば、お客様に何かサービスを届けないといけません。その物とかサービスを的確に届けられると感じて考えて作ることができる人が日清食品にいないといけない。その人を会社に存在させることが人事の役割だと思っています。そのために採用、教育、評価、機会を与える異動などがあるのです。一層儲かり続けるために人事で貢献する、ということが経理をやってきた私の中で、人事の役割だと捉えました。
楠田 楠田
ある大手の製薬メーカーの人事担当役員が、以前、人事は特効薬ではなく漢方薬ですね、と言っていました。西洋薬のメーカーの人が言うから面白い。
正木 正木
まさに人事は東洋医学ですね。伊藤レポートはその後、もう一つ出ていて人材版伊藤レポートと呼ばれています。「持続的な企業価値の向上を実現するためにビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠で、持続的な企業価値の向上に繋げていくことが求められる」という趣旨が書かれています。最少の人数で生産性を高めれば利益は上がりますが、10年先を見て人を育てる必要があると考えると、職場は教育の場でもなければなりません。そう考えると見えてくる時間軸や人との関係性も変わってくる。人事部は目先のお金や物を増やすことではなく、人と人との関係性を考えていくことで、結果的に持続的な企業価値を向上させる仕事を担っているのだと思います。また、優秀な人を採用するといっても、優秀さを発揮する場面はいろいろあり、求められる優秀さも一様ではないでしょう。人事部の姿勢としては、なぜその施策をやるのかだけ共通理解を持っておき、どうやるかはできるだけメンバーに考えてやってもらおうと考えています。
楠田 楠田
経理の視点と読書体験を組み合わせ、ROEだけでは測れない会社の価値を見いだし、そこに人事の役割があることをお示しいただきました。素晴らしいお話でした。

横や斜めの情報をやり取りするネットワークも大切

成瀬 成瀬
視聴者の方から「人事課題が山積する中で、御社が特に注力されている課題は何ですか」という質問が届いています。
正木 正木
多くの会社では、経営トップの号令で、各部署に指示が飛ぶと思います。私はこれをハブアンドスポーク型と呼んでいますが、この形だけでは最善を判断できないのではないかと思っています。スポークの先に感覚器官があって現場を認識しているはずですが、情報をハブに送って戻ってくるまでにタイムラグが生じてしまう。そこで、横や斜めでも情報をやり取りできるネットワークをハブアンドスポークに重ねる組織づくりが大切だと考えています。ダイバーシティインクルージョン、女性活躍推進などが、それを実現する強力なツールになると思います。
成瀬 成瀬
「ミッション・ビジョン・バリューを浸透させるために具体的な取り組みがあれば教えてください」という質問が届いています。
正木 正木
スゴロクを使った研修をしています。日清の創業者の安藤百福の語録とスゴロクを掛けまして、マスごとに創業者の言葉を画像で見たり、動画で見たりして、日清食品が大事にしていることを遊びながら学べる研修をやりました。
楠田 楠田
面白いですね。まさにそこもユニーク。今日は日清食品の正木さんと学びましたけれど、今の時代は異業種の人事の方から学ぶことが多くなってきていると思います。AIとかDXが入ってきても、新たな人事の仕事が出て来るなと感じています。今後も一緒に学んでいきましょう。
成瀬 成瀬
正木様、楠田先生、ありがとうございました。